【海外情報】コレクティブ インテリジェンス(集団的知性):学術界と産業界をつなぐ架け橋(後編)

コレクティブ インテリジェンス(Collective Intelligence:集団的知性)とは、複数の個人の知識や意見を集約し、それらを組み合わせることで、個々の能力を超えた知的なアウトプットを生み出す現象のことで、単に情報を集めるだけでなく、集団として新たな知識やアイデアを創出することを指します。

業界の未来に対する学術界のアプローチを知るべく、GTI(Glass Technology International誌)のNickFouchéシニア編集者は、ヴェネツィアのIuav建築大の准教授であるMARIA ANTONIA BARUCCO氏に、今日のガラスの持続可能性、柔軟性、そして革新性の活用についてインタビューし、ヴェネツィアのCa’Foscari大の学生部副学長であるELTI CATTARUZZA氏と共に、今日のリサイクルが果たす変革的な役割について言及されました。

Glass Technology International(GTI) : CATTARUZZA教授、大学ではガラスに関する知識をどのように日常生活に応用しているのでしょうか?

ヴェネツィアのCa’Foscari大の学生部副学長である
ELTI CATTARUZZA氏

ELTI CATTARUZZA氏: イタリア国内のみならず、世界各国の大学は、先端材料研究、新技術の開発、技術移転、専門教育を通じて、ガラスに関する知識の実社会への応用に大きく貢献しています。 科学技術分野では、ガラスは建築やデザインのための材料としてだけでなく、電子、光学、バイオエンジニアリング、エネルギー分野への応用の可能性を秘めた多機能システムとしても研究されています。
材料研究の観点から、大学はラマン分光法、X線回折、透過型電子顕微鏡(TEM)などの手法を用いて、ガラスの非晶質構造を原子レベルで分析しています。

シリカ(SiO₂)、ホウ酸(B₂O₃)、ナトリウム酸化物(Na₂O)、カルシウム酸化物(CaO)などの成分間のネットワーク形成ダイナミクスを理解することは、研究者が密度、熱膨張係数、耐食性、透明性、イオン伝導度などガラスの物理化学的特性を調整する上で重要です。

これは、先進的な応用分野向けの革新的なガラスの開発に不可欠です。電子・光学分野では、多くの大学研究室が光子ガラスや希土類元素(エルビウム、イットリウムなど)を添加した光ファイバーの開発に取り組んでおり、これらは通信や医療用レーザーに用いられています。溶融と冷却プロセスの精密な制御により、伝送損失の最適化や特定の波長の増幅が可能になります。一部のガラスは、電気色素性(スマートガラス)に機能化され、建物の動的日射遮蔽や液晶ディスプレイへの使用に適しています。

バイオメディカル応用は別の重要な技術分野の一つです。多くの学術機関は、生体組織と相互作用するリンケイ酸塩などの生体活性ガラスの研究に取り組んでいます。
これらの材料は、骨再生や義肢用のバイオアクティブコーティングとして使用されています。
イタリアの研究者たちは、治療用イオン(Ca₂+、Ag⁻、Cu₂+)を放出し、骨結合を促進したり炎症を軽減したりできる多孔質生体活性ガラスの設計に貢献しています。

エネルギー分野では、大学の研究は太陽光発電用ガラスと、太陽光パネル用の高透明・低放射率カバーガラスに重点を置いています。ソルゲル法、化学蒸着法(CVD)、物理蒸着法(PVD)といった技術を用いて、数ナノメートルから数ミクロンの厚さのコーティングを作製する研究が進められています。
これらのコーティングは、エネルギー効率を高めるために、ナノ構造化したり、発光元素(原子スケールのクラスターなど)を添加したりすることができます。一部の大学は企業と共同で、建物一体型太陽光発電(BIPV)ガラスのプロトタイプを開発しています。これは、屋根やファサードなどの建物の外壁に直接太陽電池を組み込むことで、従来の建築材料を置き換えたり、統合したりすることで、建築デザインの一部として太陽エネルギーを目立たず機能的に生成します。

技術移転は、大学発のスピンオフ企業や産業界との共同プロジェクトを通じて行われるのが一般的です。例えば、イタリア大学・研究省(MUR)や欧州委員会(Horizon Europe)が推進する官民合同の事業体では、大学の研究グループが企業と協力し、学術研究に基づいた産業製品の開発に取り組んでいます。実験論文や産業界の博士号も応用イノベーションに貢献しています。

最後に、材料工学、工業化学、応用物理学の学位プログラムで提供される技術教育は、ガラスの溶融、強化、成形、表面処理プロセスに関する専門的なスキルを学生に提供します。これらのスキルは、特に芸術分野(ムラーノ島を思い浮かべてください:ガラス工芸の街)と産業用途(包装、建設、自動車)の両方で卓越した技術で知られるイタリアのガラス業界において、製造業に直接応用できます。

個人的には、大学生自身が実践的で創造的なプロジェクトに取り組むことで、ガラスに関する知識を日常生活で実践的に活用する上で重要な役割を果たすことができると確信しています。授業や実験セッションの中で、私たち教員は、学生たちに現実世界の課題に取り組む機会を提供することができます。例えば、建物のエネルギー効率を高めるための複層ガラスの研究や、食品包装用のスマート容器の開発などです。
これらの活動は、理論的な知識を実践的なソリューションへと変換するのに役立ちます。さらに、コンテストや 企業インターンシップに参加することで、学生はデザインと持続可能性を融合させた新しいガラス製品をデザインすることができます。

学術研究そのものも重要なチャンネルの一つです。実験論文やグループプロジェクトは、産業プロセスの改善、ガラスの環境負荷の低減、または医療や電子工学などの分野への応用研究に役立ちます。さらに、学生は動画やデジタルメディアプラットフォームを通して、より分かりやすい方法で仲間に概念を伝えることができるため、科学コミュニケーションにおいても積極的な役割を果たすことができます。

Glass Technology International(GTI) :学術界からガラス業界への知識移転の主なメリットはどこにあるとお考えですか?

ELTI CATTARUZZA氏:学術界からガラス業界への知識の移転は、技術革新を促進し、生産効率を向上させ、業界の環境持続可能性の向上に向けた最も戦略的なプロセスの一つです。この交流は、新素材の開発、産業プロセスの改善、環境負荷への低減、およびグローバルな経済競争力の向上など、多岐にわたる分野で具体的な利益を生み出します。

主な利点の一つは、高性能な応用分野向けに特定の化学的・物理的特性を持つ高度なガラス材料の開発が挙げられます。 大学は、固体物理学、材料化学、計算モデリングにおける重要な専門知識を提供し、業界が標準的なソーダ石灰ガラス製造の枠を超え、反射防止、セルフクリーニング、断熱、紫外線遮蔽、さらには導電性といった機能ガラスの開発へと進むことを可能にしています。例えば、ソルゲル法やスパッタリング技術を用いたナノ構造コーティングに関する学術研究の成果によって、現在では建物の熱損失を大幅に低減する低放射率(Low-E)ガラスを製造することが可能になりました。

もう一つの重要な利点は、製造プロセスの最適化です。大学の研究室との連携により、業界は高度な熱流体動力学シミュレーション技術を導入し、炉の設計、溶融ガラスの品質、エネルギー効率を向上させることができます。また、学術的な支援は、リアルタイム監視技術(例えばインライン分光法)や自動化されたプロセス制御システムの導入を促進し、廃棄物とダウンタイムの削減に貢献します。

環境持続可能性の面では、技術移転は循環型経済の発展を直接的に支えています。大学では、溶融工程におけるカレットの統合、二次原料の活用、バッチ配合の調整や再生可能エネルギーで稼働する電気炉の導入によるCO2排出量削減に関する研究や実験が行われています。これらのイノベーションはその後、産業用途へとスケールアップされ、企業が持続可能性と企業責任の目標達成に貢献します。製品イノベーションへの利点も過小評価すべきではありません。

学術研究機関は、センサーを搭載したスマートビルディングガラス、医療用バイオアクティブガラス、またはエネルギーを生成できる太陽光発電一体型ガラスなど、革新的なガラスの用途を提案することができます。
これにより、業界は提供製品を多様化し、新しい市場に参入し、競争力を強化することができます。

最後に、知識移転は高度に専門化された人材の育成において重要な役割を果たします。学士号から修士号、博士課程に至るまで、幅広い学術プログラムは、業界に最新の専門知識を提供し、絶えず変化する業界の課題への取り組みに不可欠な役割を果たしています。

Glass Technology International(GTI) : ガラスは、ビジネス・科学・芸術の分野におけるニーズにどのように応えることができるのでしょうか?

ELTI CATTARUZZA氏:ガラスは古代から存在する素材ですが、驚くほど現代的な可能性を秘めている素材です。
今日では、ガラスは透明性、耐久性、加工性、リサイクル性といった独自の特性により、前述の3つの分野すべてにおいて新たなニーズに効果的に対応できる多用途の素材として注目されています。これらの特性により、ガラスは戦略的な素材として、常にイノベーションと新しい価値の創造の対象となっています。

ビジネス分野において、ガラスは主に2つの主要なトレンド、すなわち持続可能性といわゆる「ユーザーエクスペリエンス」への対応として、現在中心的な役割を果たしていると私は見ています。
例えば商業建築では、Low-Eガラス、セレクティブガラス、あるいは太陽光発電ガラスを用いることで、投資家や規制当局が求める環境基準に適合したエネルギー効率が高く持続可能な建物の建設が可能になります。

ガラスは、店舗スペース、オフィス、ホスピタリティ環境のデザインにおいて、美観の追求と開放感、透明性といった重要な要素として活用されています。さらに、エスクペリエンス経済の成長に伴い、ガラスはインタラクティブ(相互作用型)ソリューションの重要な技術的要素となっています。 スマートファサード、タッチセンサーウォール、デジタルサイネージやビジュアルコミュニケーション用の透明ディスプレイなどです。

エクスペリエンスエコノミー:経験経済:経験や体験を経済価値として提供するビジネス
スマートファサード:太陽光発電パネルや調光ガラス、LED照明、センサーなどの スマート技術を組み込んだ環境に配慮し、機能性とデザイン性を両立させた外観
タッチセンサーウォール:壁がタッチパネルのように触れることで操作できる壁

科学分野において、既に述べたように、ガラスは研究室、技術、先端研究において欠かせない存在です。その化学的安定性は、実験器具(フラスコ、試験管、精密ガラス器具)に最適であり、光学的透明性は物理学、光子学、材料科学において極めて重要です。前述の通り、光学ガラスとドープファイバーは通信技術とセンサー技術の基盤を成しています。バイオメディカル分野では、生体組織と相互作用可能な「バイオガラス」や「バイオアクティブガラス」が骨再生や整形外科用インプラントのコーティング材として使用されています。さらに、マイクロエレクトロニクスと分析化学の分野では、ガラスはラボオンチップデバイス用のマイクロチップに利用され、小型化・携帯可能な診断ツールの開発に貢献しています。

私は芸術と科学は同じ虹の色だと確信しています。ガラスは、職人の伝統と技術革新を融合させながら、芸術の世界においても現代的な表現媒体として進化を続けています。

私は芸術と科学は同じ虹の色だと確信しています:芸術と科学が単に異なる分野ではなく、互いに不可欠な要素として、私たちの世界をより豊かに彩る存在であるという考え方

今日の芸術的要求は、持続可能性、多感覚体験、空間や公共との相互作用をより一層重視するようになっています。ガラスは、これらの課題に最適な素材です。光を屈折させ、周囲の環境に応じて変化し、形を整えたり、彫ったり、融合させたり、色をつけたりすることができます。アーティストやデザイナーは、デジタル技術(レーザーカット、ガラスへの3Dプリント、拡張現実など)を活用して、アート、デザイン、インスタレーションの境界線をまたいだハイブリッドな作品を制作しています。

このような状況の中で、Murano Glass Museumや歴史的なガラス工房におけるアーティスト・イン・レジデンスなどは、アートと科学の境界を跨ぐ活動の拠点となっています。 要約すると、ガラスは現代のニーズに多面的に応える素材です。 持続可能性とデジタル変革を通じたイノベーションを可能にし、科学的な知識の限界を押し広げ、新たな視覚的、物質的な表現手段を創造します。 ガラスは透明な素材でありながら、私たちの世界の変革において決して目に見えない存在ではなく、むしろ真に『アンチフラジャイル』な素材であることが証明されています。

アーティスト・イン・レジデンス:アーティストの活動を支援し、地域を活性化させるための重要な取り組み、国内外で様々な形態で実施されており、文化交流や地域振興に貢献
アンチフラジャイル:反脆弱性、アメリカ人の作家であり思想家のナシーム・ニコラス・タレブ氏によって作られた造語、大きな衝撃などによって結果、大きな利益をあげるという意味合いを持つ。
ガラスは、壊れやすさの象徴でありながら、壊れることで新たな価値を生む素材の観点から単なる素材ではなく変化と再生の象徴。


※本記事は、Glassonlineに特別な許諾を得て掲載しています。
※情報出展元:Glass Technology International_2025_May-June Page 94-99 に掲載





本記事に関する問い合わせ先
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